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福岡高等裁判所 平成6年(ラ)161号 決定

抗告人

東濃地所株式会社

右代表者代表取締役

粥川幸一

右代理人支配人

小山央

主文

原決定を取り消す。

本件を福岡地方裁判所小倉支部に差し戻す。

理由

一  本件執行抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

二  本件記録によれば、本件債権差押命令事件及び譲渡命令申立事件の経過は次のとおりであることが認められる。

1  抗告人は、平成二年七月二五日債務者山村喜久雄(以下「債務者」という。)に対する執行力ある公正証書二通に基づき、債務者が第三債務者中村ミヨシ外八名に対して有する別紙差押債権目録記載の債権(仮登記上の権利)の差押命令及び請求債権の支払に代えてその債権を債権者(抗告人)に譲渡するとの命令(譲渡命令)を申し立てたが(以下「本件申立て」という。)、その際、請求債権を、右公正証書に表示された金銭消費貸借の元金合計一〇〇〇万円及びこれに対する遅滞の日から本件申立ての前日である同月二四日まで日歩八銭二厘の割合による遅延損害金四五七万一五〇〇円の合計一四五七万一五〇〇円(以下「当初の申立債権」という。)であると表示していた。

2  その後、本件申立てについては、平成二年九月七日仮登記上の権利差押命令が発せられ、同年一一月一〇日評価人による別紙差押債権目録記載の仮登記上の権利の評価がなされたが、同月二六日債務者が抗告人を相手方として請求異議訴訟を提起したことに伴って強制執行停止決定がなされたため、譲渡命令手続は停止された。

3  平成五年八月三日右請求異議訴訟において債務者の請求を棄却するとともに、右執行停止決定を取り消す旨の判決が言い渡されたため、本件手続が進行し、平成六年二月二一日評価人によって再度右仮登記上の権利の評価がなされて、右権利の鑑定評価額が二一四〇万円と評価された。

三  ところで、民事執行規則一四〇条一項は、「譲渡命令において定めるべき価額が差押債権者の債権及び執行費用の額を超えるときは、執行裁判所は、譲渡命令を発する前に、差押債権者にその超える額に相当する金額を納付させなければならない。」と規定するところ、原裁判所は、右「差押債権者の債権額」を抗告人が本件申立てをした平成二年七月二五日時点の請求債権額(当初の申立債権額一四五七万一五〇〇円)と解して、平成六年四月一三日抗告人に対し、これと譲渡価額(二一四〇万円)との差額六八二万八五〇〇円を同月二七日までに納付することを命じた。ところが、抗告人が右差額を納付しなかったため、原裁判所は、同年六月二七日本件譲渡命令申立てを却下する決定をした(原決定)。

四  しかしながら、原決定の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  まず、前記条項により納付すべき差額は、譲渡価額と「差押債権者の債権及び執行費用の額」との差額であるところ、本件記録によれば、少なくとも執行費用として二回分の評価料合計六三万三〇〇〇円を要したことが認められるにもかかわらず、原決定は、右執行費用を全く考慮していないから、この点において既に正当でない。

2  次に、譲渡命令は、差し押さえられた債権を執行裁判所が定めた価額で支払に代えて差押債権者に譲渡する命令であって、その効力が生ずれば、差押債権者の債権及び執行費用はその譲渡価額で弁済されたものとみなされるため(民事執行法一六一条六項、一六〇条)、譲渡価額が差押債権者の債権及び執行費用の額を超えない場合は清算を要しないが、これを超える場合には、その差額を差押債権者から債務者に交付して清算すべきこととなる。そこで、後者の場合差額の支払を確保するため、あらかじめ右超過額に相当する金員を執行裁判所に納付すべきことを命じることとされているのである(前記民事執行規則一四〇条一項)。

3  そこで、差押債権者に差額納付を命ずる際に譲渡価額と比較すべき差押債権者の債権額について検討する。

(一) 前記のとおり、譲渡価額と差押債権者の債権及び執行費用の額との差額をあらかじめ納付させる趣旨は、債務者に対する清算を確実に行うためであるから、右差額の有無・数額を算定すべき時点は譲渡命令が効力を生じた時であると解すべきことは、右清算の性質上当然の帰結である。しかるところ、請求債権についての遅延損害金は、差押命令申立て後も元本が完済されるまで当然発生するから、譲渡価額と比較すべき差押債権者の債権額は、右譲渡命令が効力を生じた時点までに発生した遅延損害金を包含することになるはずであるが、右時点は差額納付を命ずる決定時にあらかじめ特定することができないので、同時点に最も近い特定可能な時点である右差額の納付期限を基準として右遅延損害金を算定するほかはない。

なお、執行実務では、債権差押命令申立てにあたって、附帯請求の終期を申立前日までとして算出した確定金額で記載させるのが一般的であるが、その主たる理由とされているのは、債務者及び第三債務者が請求金額を明確に把握できるようにするという便宜論にすぎない(遅延損害金の終期を「支払済みまで」とした場合は、差押債権者の債権額が変動し、実際に被差押債権を支払う第三債務者が遅延損害金額を算定しなければならないこととなるが、その額を巡って紛争が生ずる恐れがある。)。しかるに、譲渡命令の場合は、執行裁判所が右算定を行うので第三債務者との間で遅延損害金額を巡って紛争が生ずる恐れはない上、競合する差押や配当要求がないから(民事執行法一六一条六項、一五九条三項)、差押債権者の債権額を当初の申立債権額に限定しなくても、これにより債務者その他の利害関係人に対し何らの不利益を及ぼさない。したがって、附帯請求の終期を差額の納付期限までとしても計算上何ら不都合はない。

(二)  これを本件についてみると、抗告人は、債務者に対し、差額算定の基準時において、当初の申立債権額(一四五七万一五〇〇円)の外に、右元本に対する本件申立日たる平成二年七月二五日から差額納付期限である平成六年四月二七日まで日歩八銭二厘の割合による遅延損害金一一二五万八六〇〇円の合計二五八三万〇一〇〇円の債権を有することになる。

そうすると、本件においては、譲渡価額が二四一〇万円であるのに対し、抗告人の請求債権額は二五八三万〇一〇〇円であり、執行費用として少なくとも六三万三〇〇〇円を要したから、納付すべき差額はないといわねばならない。したがって、その差額ありとして、納付命令に応じないことを理由に本件譲渡命令申立てを却下した原決定は、取り消しを免れない。

五  よって、本件執行抗告は理由があるので、原決定を取り消すこととするが、本件のような事案につき高等裁判所が自ら譲渡命令を発するときは、これに対する債務者等からの特別抗告の理由が極めて限定されている関係で不服申立の機会を不当に奪う結果となるおそれなしとしないので、本件を原裁判所に差し戻して処理させることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官谷水央 裁判官石井義明 裁判官永松健幹)

別紙抗告申立書等〈省略〉

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